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【感想】ピーター・トレメイン『修道女フィデルマの叡智』

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『修道女フィデルマ』シリーズは7世紀のアイルランドを舞台にした推理小説。人気のあるシリーズで、2017年7月時点で長編7作、短編集3冊が邦訳されている。

探偵役のフィデルマは、若くて美貌の修道女。法廷弁護士ドーリィー(偉い)であり、上位弁護士アンルー(とても偉い)であり、王の妹にして、ラテン語ペラペラ、文学に関しては著名な学者たちをしのぐ知識を持ち、謎の護身術トゥリッド・スキアギッドの使い手でもあるという、いまどきマンガやライトノベルでもこんなキャラいねえよ、という完璧超人である。いや、ホント、この設定はさすがにどうなの…?

この時点でわりとお腹いっぱいな感じなんだが、このフィデルマさん、性格があまり魅力的ではない。むしろはっきり言ってメチャメチャ性格が悪い。

日本人的な感覚で可愛げがないというだけでなく、なにかにつけて自分が法廷弁護士ドーリィー(偉い)であることを強調し、予約もなく訪れた宿屋の主人に向かって私は上位弁護士アンルー(とても偉い)で、さらに王位継承者の妹だ、私の馬の世話をしろと威張り散らし、別に犯人でもなんでもない若者を同性愛者だと人前で暴露。「魂の友」と呼んでいた姉妹同然の幼なじみを殺人者として平然と告発し、泣き崩れる彼女を無視してとっとと立ち去る。さらには(幽霊のふりをしていただけで誰も殺してない)犯人を聖母子像で殴り殺す、という冷酷非情ぶり。この人、サイコパスなんじゃなかろうか。ある意味、名探偵っぽいといえば名探偵っぽいが。

そんな感じのフィデルマさんの無双っぷりが許せるかどうかは別として、高名なケルト学者である著者が描き出す中世アイルランドの社会は緻密で興味深かった。ミステリーとしてはシンプルなフーダニットが中心で、驚くようなトリックはないけど大きな破綻もない感じ。入門編と銘打たれているだけあって気軽に読めます。フィデルマさんの性格に耐えられるならね。


収録作品は以下の5編。ネタバレあります注意。

聖餐式の毒杯 The Poisoned Chalice

聖餐式の儀式の最中にワインを飲んだ若者が毒殺される。ワインに毒を入れたのは誰か、という話。アイルランドから遠く離れたローマで起きた事件だが、たまたま居合わせたフィデルマさんが、私は法廷弁護士ドーリィー(地元では偉い)と主張して容疑者たちを尋問していく。フィデルマさんの性格の悪さは控え目。おもしろかった。

ホロフェルネスの幕舎 At the Tent of Holofernes

幼なじみから助けを求める手紙を受け取ったフィデルマさん、夫と息子を殺した容疑をかけられた友人を救うべく、事件の真相を探り始める、という話。フィデルマさんの冷酷さ全開の一編。おもしろかった。

旅籠の幽霊 Our Lady of Death

厳しい吹雪に見舞われて一軒の旅籠に避難したフィデルマさんが、その旅籠に出没するという幽霊と遭遇する、という話。民間人相手にも容赦なく威張り散らすフィデルマさんが偉そう。おもしろかった。

大王の剣 The High King’s Sword

フィデルマさんが、盗まれた王家伝来の宝剣を翌日の大王即位の儀式までに見つけ出すよう依頼される、という話。容疑者や関係者が偉い人ばかりなのでフィデルマさんの活躍はややおとなしめ。それでも自分より高位の聖職者である修道院長を、私は法廷弁護士ドーリィー(偉い)としてここに来ているとやりこめるフィデルマさんマジフィデルマさん。おもしろかった。

大王廟の悲鳴 A Scream from the Sepulchre

1500年前から封印されてきた古代の王の墳墓から聞こえてきた悲鳴。フィデルマさんが命じて墓守に扉を開けさせると、墓の中には真新しい死体が転がっていた、という話。おもしろかった。事件とはほとんど無関係の自分より若い女(18歳)を、事件解決後もボロクソにこき下ろし続けるフィデルマさんがひどい。


そんな感じで主人公の性格は最悪ですが、その外道っぷりがクセになるという人がいても納得できるエッジの利いたシリーズでした。古代ケルト文化の影響が色濃く残っている時代のアイルランドが舞台ということもあり、歴史モノというよりはファンタジーを読んでるような感覚。ミステリ風味のキャラクター小説ということで、幅広い層にオススメできる…と思う。主人公がサイコパスの修道女という設定が斬新なのは間違いないですし…。

修道女フィデルマの叡智 修道女フィデルマ短編集 (創元推理文庫)

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